94年か95年ごろに書いたオリジナルSF格闘モノ。
風呂敷広げすぎの設定の羅列やら衒学っぽい部分が失笑を誘う。
しかも未完。投げっぱなし。


1 

 ようやく街らしくなるまでに二十年もかかった旧幕張新都心に比べて、新たに東京湾につくられた第二幕張新都心は都市計画の見本ともいえるほど順調に成長していた。この二つの幕張は陸続きでつくられたので、今幕張は全く埋め立てをしていなかった頃に比べて面積が三倍になっていた。

 この埋め立ての計画が審議されたとき、県を一番悩ませたのは資金でもテナント不足でもなく、なんとマリンスタジアムであった。埋め立て計画を原案通りに進めるとスタジアムが内陸に位置することになってしまい、マリンでなくなってしまうからだ。

 結局スタジアムは移転され事なきを得たのだが、微笑ましいエピソードとして人々の心に残った。

 桐葉は第二幕張の商店街を足早に歩いていた。抱えている買い物袋はその細い腕と小柄なからだのせいで実際よりも大きく見え、つややかに黒く長い髪は腰の少し上で切り揃えていて、歩くたび軽やかに揺れている。

 桐葉は二十世紀風にいえば中学生ぐらいで、派手ではないが整った顔立ちをしていた。何気なくすれちがう人々に気付く術はないが、よく見ると桐葉の目が勝気に見えたり、かと思うと弱気に見えたりすることに気付く。別に桐葉の感情が目まぐるしく変わっているわけではない、ただその微妙な曲線が見る人の気分や角度によってその目を勝気に見せたり弱気に見せたりするのだ。

 なかば事務的に歩みを進める桐葉の少し後ろの三メートル上空に蚊ぐらいの大きさの物体が浮いていた。その物体はぴったりと桐葉の後方に付いていて片時も離れない。しかしその大きさゆえにその存在に気付くものは一人もいなかった。ましてやその物体が超小型のモニターカメラであろうとは露ほども思わない。

 薄暗い研究室といった感じの部屋に、モニターの中の桐葉を覗きこむいかにも研究者然とした白衣を着ている一組の男女がいる。男は三十半ばで痩せており、目つきも鋭い。いかにもSFに出てきそうなごちゃごちゃとわけの分からないコードの飛び出た椅子に腰掛けているその姿は、椅子と男で一つの前衛的な彫刻の作品のようだった。題名はきっと 「無題」が似合うといった手合いだ。

 一方女のほうは二十代半ば、知的に眼鏡を掛けた戦慄が走るような美人である。黒い髪を完全な金髪にして素っ気なく束ねている。それが彼女の顔立ちに不思議と似合い、日本人でもなく欧米人でもない無国籍な美しさを持っている。
 また白衣に包まれていても彼女の体は男性の目を引き付けずにはいられなかった。そしてB5サイズのノートパソコンを持ってすらっと立つ姿は肌をほとんど露出していないにもかかわらず、むしろ逆に色気を増長させているかに見える。

「紗絵君」

といかにもな感じで君付けをして男は傍らの女を呼び、

「映像の信号が弱いようだ、増幅してくれるか?」

と少しかすれた無機的な声でいった。

「はい」

四宮紗絵(しのみやさえ)は耳をくすぐるような囁きで応えて、しなやかな手に乗せられたB5ノートパソコンの片手式配列のキーを打つ。ホログラムで浮かぶディスプレイが無音で応える。モニターの素子が一瞬荒くなり、続いて鮮明な桐葉の後ろ姿が移しだされた。

「教授、このモニターカメラはもうそろそろ代えたほうが良さそうですね。増幅率これで精一杯です」

紗絵は落ち着いているが少し甘えた声をだした。

「そうか、じゃあ明日にでもそうしよう。まあ今日はこれで十分だがね」

教授と呼ばれた男は素っ気なく答えた。この男の名前は利根マサキという。

 桐葉はふと右手にそびえる第二幕張テクノガーデンのビルを見上げた。

「やだな」と桐葉は思う。「なんでこんなにのしかかってくるような建物を建てるんだろう、機能ばっかり追い求めた冷たい石とガラスの積み木細工が得意げに私を見下げている」

なんとなく視線を落として歩き始めた刹那、桐葉の背後であーっとだれかが声を上げた。振り向くと声の主は十七、八歳の少年で、その生き生きとした目は桐葉を見ていた。

「あんた一週間前に新検見川(しんけみがわ)で決闘してた人だろ」

彼は間違いなく桐葉に話しかけていた。元気の塊のような声だった。「すげえいいセンスしてたぜ」

桐葉は何のことやら分からずに、

「あ、あの…なんの…ことですか…」

としどろもどろに答えるが、彼はつかつかと桐葉に歩み寄り、

「ずーっと会いたかったんだ。ぜひ俺と一戦交えてくれ!」

目を無邪気に輝かせて桐葉の小さな手をがばっとつかんだ、しかしその途端桐葉の持っていた買い物袋が落ち、運悪く少年の足に鈍い音を立ててめり込んだ。少年の表情が固まった、これが漫画ならネガポジ反転しているだろう。

「あ、ごめんなさい……」

桐葉はなんだか申し訳なくてつぶやいたがその声は人々の歓声でかき消された。決闘が今まさに始まろうとしていたからである、もちろんその歓声の対象は少年と桐葉である。

 いつの間にかけろりとして少年はわくわくしながら桐葉を見ている。後は仲介人が現れるのを待つだけだ。

 教授と紗絵は待ってましたとばかりに身を乗り出してモニターに見入る、モニターの中では桐葉が慌てて叫んでいた、

「ひ、人違いじゃありませんか?わ、私決闘なんてしたことなんか・・」

そこで紗絵はパソコンに指を走らせ実行キーを叩いた

「あり…ま…セ…ン…カ……ラ……」

桐葉の声が非人間的に平らになり瞳の色が失われた。

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