アカとアヲ

サムライスピリッツから、ナコルルとリムルルの話です。
2作目以降小娘キャラは斬れなくなってしまったのが残念です。
そういう話です。


カムイコタン。神の邑(ムラ)。
 今、白一色に覆われたこの邑の上空を、鷹が一羽、日輪の軌跡をなぞるように旋回している。
 猛禽の目に広がる雪の白。その中にあって艶やかに翻る少女の髪の黒。はためいている服の縄模様は鮮やかな赤。少女の表情が自分を呼んでいる。
 鷹は白い世界にポツリと存在する黒と赤を目掛けて急降下し、頭上六尺で一度羽ばたいて、そっと少女の肩に下りた。差し出された白く繊細な指先にくちばしを触れる。
 少女の深く黒い瞳がいつくしむ視線を送り、柔らかく赤い唇がやさしく微笑んだ。
 邑の巫女である少女は、神の御使いであるこの鷹としばし語らう。

 「姉様ぁ」
 遠くで人影が姉を呼ぶ。近づくにつれ姉の目に妹のほの青い服が見えてくる。その青は雪の白に溶け入ってしまいそうに幽かな色だが、駆けてくるその所作と声は快活で、彼女の存在感はいささかも白に溶けこんでしまうことはない。
 妹は姉の胸に飛び込んで、そのあたたかさにしがみつく。黒い瞳が二対の愛しげな視線を絡め、艶のある赤い唇が柔らかく重なり、同じく赤い舌同士が戯れ合った。
 鷹は思慮深げに羽ばたき、日輪へと上っていった。

 彼らには色を表す言葉が四つしかない。黒、白、赤、青。彼らの言葉ではそれぞれクンネ、レタ、フレ、シウニンの四色である。
 鷹は四色の世界を見下ろした。白い日輪の光は宵の赤に燃え、青へと溶けてゆき、やがて邑は黒い夜の帳に包まれる。星ぼしの白い光のもと、家々に赤い灯が燈り、月が青く輝いて雪を染めた。黒い闇のどこかで枝から雪がどさりと落ちた。

 「お爺様、お婆様、それでは私達は小屋の方へ移ります」
 姉が促すと妹はおずおずとそれに従う。無邪気な瞳が不安に押し潰されそうに揺れている。姉は震えている細い肩を優しく抱きながら離れの小屋へと歩を進めた。
 「大丈夫、心配いらないから」
 妹は何も応えず、ただ姉のあたたかさにすがった。
 小屋にはもう灯が燈っていて暖がとってあり、寝具一式も用意されている。
 禊(みそぎ)の前日を過ごすための、何から何までが特別にあつらえられた小屋だ。妹はおのずと違う場の空気に意識を乱され泣き出しそうになっている。姉は引き戸を閉めて外界の黒を締め出した。木の爆ぜる音と火の暖かな赤に閉塞された空間。
 姉は不意に妹を強く抱きしめた。妹の視界が姉の来ている夜着の白と赤い縄目模様に塞がれる。姉の鼓動が聞こえた。無垢な白、命の流れを表わした赤い模様。巫女の司るものがそこに表現されている。
 姉の白い指先は妹の背をなぞる。ごく淡い青に染められた妹の夜着が、伝っていく指先によって陰影の相を変えていく。かいなの中で、やわらかな姉の匂いに包まれながら、華奢な背を幾度もなぞられると乱れた心が少しだけ落ち着く。
 まどろみに似た目を姉に向ける。姉の深く黒い目はしかし心許なく揺れていて、先ほどまでの凛とした光はそこにはなかった。
 「全てはカムイの意のままだから、禊がどうなるか私には分からない。あなたが巫女としての霊(たま)を宿しているかどうか、本当は私にも分からない。だから、不安なの。本当は私も胸が潰れてしまうくらい不安なの」
 彼らの生命観はラマチヒ(魂)がケウェ(からだ、殻)に宿るとき生きているとみなす。ケウェは骨や死体という意味も持っているから、ラマチヒがなければケウェがいかに人の形をしていても形骸に過ぎない。
 そして彼らはラマチヒをより尊重するから、たとえば狩りの時、カムイが動物の外観を持った殻、ケウェを纏って現れ、受けるべくして射られた矢を受けてそのラマチヒを人に授ける。という表現をする。
 禊によって巫女としての霊が認められなければ、その人物は巫女としては死体に過ぎない。そして明日執り行われる禊は生死を賭けた決闘形式なのである。巫女としての霊が宿っていれば荒ぶるカムイを鎮め退けることができる。そうでない場合は、我々の持つ定義通り骸をさらすことになる。
 「聞きなさい。荒ぶるカムイをこの身におろした時、私は私でなくなる。あなたの姉はそこに居ません。私の殻を纏った荒ぶるカムイは禊が終るまで還らない。私が還った時、また会いましょう。巫女となったあなたと」
 「姉様、でももし…」
 その続きは唇で塞がれた。姉のまぶたから雫が零れ、妹の頬を伝った。

 寝具の中、妹の幼い指が姉の夜着の袷をたどたどしくはだけた。姉は頬を赤く染めながら口許に手を寄せている。夜着の布に胸の先を愛撫されて白い胸元が粟立つ。そこに唇を触れ、そして吸う。押し殺したか細い声が零れ、姉の胸に赤く跡がつく。
姉は妹の薄青い夜着を果敢無げにつかみ、その白い胸元にもっと赤い跡を残して欲しいとせがんだ。
 「あなたをこの身に刻んで欲しい。そうすれば離れ離れになっても思い出せる。私はこの跡を目指して還ってくるから」
 妹は姉の胸元を夢中で吸い続けた。姉の鼓動と吐息と徐々に高くなる声が染み入ってきて、からだの奥が甘く疼いてくる。赤い舌を屹立した胸の先に這わせ、姉の癖を思い出しながらやさしく戯れる。黒髪が炎を照り返して震えていた。
 妹の指先が遠慮がちに降りてゆき、熱く潤んだ部分を探る。雛先がもう既に露出していて、指先との戯れを待ち侘びていた。触れ、こすり、転がすたびに姉のからだは幾度も跳ね、妹はその悦を自分のもののように感じ取りながら、姉の表情を脳裏に焼き付けるように直視していた。
 赤く潤んだ唇を塞ぎ、高まる一方の熱に任せて舌を差し入れる。泣き声のような息が塞がれた合間から漏れ、雫が口唇と陰唇の両方から溢れる。
 姉はひしと妹にすがりそして達した。妹の耳に熱い吐息と声が絡まり、黒髪のやさしい匂いとが広がって気が遠くなる。指を尚も動かし続けて姉の絶頂を長引かせた。
 自分の影で炎の赤を遮ると、姉の表情は窓から射す月の青い凛冽な色に染まる。その青の中にあってなお赤い頬の色は、妹の熱を帯びた視線にのみ見える幻影の色かもしれなかった。
 姉はゆっくりと目を開いた。黒く長いまつげに白く輝く雫を指で拭く。妹を見上げながら少し恥ずかしそうな表情でくすりと微笑んだ。
 姉は自分の情で濡れた妹の指を取り、口に含んだ。舌を絡ませ、吸いながら舐めとっていく。妹は指に絡まるやわらかな感触に震えた。
 妹を自分の上に覆い被せたままの体勢で、姉は妹の薄青い袷を開こうとした。しかし妹はその手を留めた。
 「姉様、今はやめておきます。私が巫女となったそのとき、愛してくださいませ。私は姉様の胸にきっと帰ります」
 「強く、なったわね」
 「…でも今夜は傍で寝させてください。不安なのは、やっぱり変わらないから」

 月の光が二人を青く包んだ。
 「眠れないみたいね」
 寝返りを続ける妹に問い掛けた。
 「何か話をしようか。話したいこと、何かある?」
 姉の問いかけに妹はしばし逡巡し、語り始めた。
 「…昔、父様が言っていました。大和に住む人達は『シウニン』を『アヲ』と言うんだって。私達が『シウニン-クンネチュ』というところを、大和の人達は『アヲイツキ』(青い月)と言うんだって」
 「今夜みたいな月のことを『アヲイツキ』というの?」
 「はい、でもアヲという言葉は黒と白の間にある全て色を指すそうです。そればかりか私達の言う『アウ』(時間的、空間的な間)ということもアヲと言うそうです」
 「…はっきりしていない所とか、モノの事をアヲと言うのかしら」
 「父様がいうにはそうです。巫女の見習いが青い服を着る慣わしがこの邑にあるのはそのせいではないか、とも父様は言っていました。巫女であるかどうかの境界線がはっきりしていないからだ、と」
 「それならこんなに青い月の夜は、境界が全部曖昧になってしまうのかしら。青い光の中、青い空気の中に、青い服を着たあなたは何もかもが溶けていってしまうのかしら」
 「や、やだ姉様、怖いこと言わないで下さい」
 姉は妹を包むように抱いた。冗談よと耳元で囁く。
 「姉様との境界なら溶けてしまえばいいのに」
 「何もかもが終ったら受け取ってあげる、その言葉」

 鷹の目に写る世界。一面の白い雪。日輪の白い輝き。雪の中にくっきりと浮かび上がる黒髪と赤い縄目模様。そして薄く浮かんでいる青い服。
 姉は儀礼用の猪口から神酒を飲む。ゆったりと立ち、目を閉じて荒ぶるカムイをその身におろす準備を始める。
 自身の心象風景、その中に住む荒ぶるカムイを探す。彼女は浅黒い肌と射抜くような視線を持っている。着ている装束の縄目模様は赤味がかった青、或いは青味がかった赤。彼女は自然の持つ破壊の側面を司る存在。
 心を空白にする。荒ぶるカムイに心を預ける。ふつふつと沸き上がって来る破壊の衝動。そして荒ぶるカムイが降臨した。
 そこにいるのは姉ではない。全力を以ってかからなければ死ぬ。
 小刀の柄を握る。手に馴染んだ木の感触。意識を戦闘状態に書き換えていく。

 小刀が火花を散らす。訓練の時とはまるで違う力と破壊の気。少女はカムイに恐怖した。悲鳴を上げながら夢中で襲い掛かってくる斬撃を払う。舞うように閃く凶つ光。その光のどれかひとつにでも触れれば赤い命がほとばしり出る。
 カムイの足がしなやかな弧を描いて少女の腹部に埋め込まれた。
 呼吸が止まり、目の前が暗く揺れる。暗い視界の中で閃く光。呼吸を一切使わずに飛びのく。多分雪の上に倒れた。酸素の欠乏した脳が一瞬遅れて状況を把握する。
 視界の隅にカムイの影が見えた。避けろ、と体に命じる。肺がまだ言うことを聞かないから筋肉に力が入るたび視界に星が瞬く。逃げろ、カムイの勢力範囲から外れなければ死ぬ。はしれ、あと二歩、そこで呼吸をして刀を構えろ。止まれ涙、視界が狭まる。
 さあ息を吸え、そして吐け。体の均衡がとれない、構うものか刀を抜け。どうした刀を抜け、刀を抜け右手。
 右腕がなかった。
 飛びのいて窪んだ雪にそれがあった。そして鮮やかに赤い斑点がそこから自分まで続いている。
 少女に巫女としての霊はなかった。
 カムイが雪を巻き上げながら突進してくる。少女は見ていなかった。両脚が薙ぎ払われて飛んだ。
 少女は雪を赤く染めながら、残された左腕を狂ったように振り回して悶えていた。帯が解け、袷が開いて肌が露になる。唾液に濡れた口許から零れてくる声は「痛い」なのかもしれないし、「姉様」なのかもしれない。
 カムイは別の生き物のように暴れている少女の左腕に興味を引かれたらしく、しばしそれを眺めていた。が、やがてそれにも飽き、無造作に、けれど流麗な所作でそれを裁つ。
 少女がまだ動かせるところを全て動かしながら蠢いた。鷹のように哀しげな高い声が響く。
 カムイが次に興味を持ったのは定まらずに動く少女の目だ。何かを求めているのか、全て諦めているのか、両手のない少女には表現ができない。紡がれる言葉はもはや意味を語れないから、少女は目を動かす。
 カムイは小刀の刃をその右目に近づける。少女が見たのは白い閃き、歪み、滲む世界の右側。そして黒い闇。無事な左目の瞳孔が針の穴のように収縮する。
 刺し込まれた刃はくるりと回され、まぶたを削いだ。引きぬくと眼球があっけなく外れた。
 その肉の水晶はただの物質で、感情を表現するような高尚なものには見えない。少女は口の端から泡を吹き、舌を無意味に突き出している。両腕の名残が「返して」と言うように動く。
 カムイはつまらなそうに小刀を一振りして眼球を飛ばした。
 血塗れた肉の水晶に赤く情景が写る。カムイは残された腕を取り、ずるずると少女を小屋のほうへ引きずって行った。肉水晶が見送る。
 カムイは少女をその左腕で吊るし、尋常ではない力で少女の持っていた小刀をその左腕に打って小屋の壁に留めた。まるで解体されるのを待つ動物のようだった。
 少女はまだ意識があるようで、片方だけになってしまった視線はカムイの顔に向けられていた。呼吸も不規則だが続いていて、はだけた胸が上下している。そして苦痛の波が意識を揺さぶるたびに白い腹が波打った。
 カムイはその波打つ腹に興味を持ったようで、執拗に指で撫で回したあと唾液をこぼしながら舐めまわした。その目はうっとりと獲物の甘やかな味を堪能しているように少女には見える。激痛の中の柔らかい舌の感触。それは少女がよく知っている感触だったはずなのに、痛覚が脳を犯してよく思い出せない。錯綜する意識の中、残された左側の世界が滲んでゆく。意識の片隅が何かを思い出したように少女には感ぜられた。視界が滲んでいくのは多分涙だ。口が何か言葉を発しているような気がする。
 「…姉…様…ぁ」
 発せられた言葉の意味を理解できる者はここにはいない。少女でさえも。
 カムイは自分の小刀を抜くと、その峰で唾液に濡れた肌をなぞり、水月をぷつりと刺した。しかしその痛みは少女の疲れ切った意識には届かない。反応したのは周辺の筋肉だけだった。刃が下腹部まで斬り下げるに至ってようやく少女の痛覚が悲鳴を上げ始めた。ごつんと少女は頭頭部を壁に打ち付け、霞んでいく視界が不思議だと漠然と思いながら、喉にこみ上げてくる熱い塊を吐き出す。
一度血を吐いてしまうとそれが呼び水になったかのように咳き込みが始まった。筋肉の反復運動が裂かれた部分に負荷をかけ続ける。そしてついにはらわたが拘束を解かれ、外気へ溢れ出した。
 「ネ…エ…さ…ま…」
 血の粘りに絡まりながらたどたどしく紡がれる音。少女は自分がすがろうとしているその音の連続が表わす意味を思い出し始めた。
 カムイは腹筋の支えをなくしてぶつぶつと下がり始めた少女の体を見、不満そうに自分の小刀を構えると少女の右足へ打ちこんだ。
 「ねえさま」
 少女の声が漠然としたものから泣き声へと代わった。
 カムイは少女の臓腑をつかみ出す。ぶつりと音がして、幼い子宮が引き出される。
 「姉様…月…青い…月……」
 少女はそう呟いた。少なくとも呟いたつもりだった。意味までがが分かったのは「ねえさま」という音だけ。その先は分からない。
 
 カムイの瞳孔が一瞬最大まで開き、次の瞬間最小まで収縮した。

 姉は妹の赤く染まった装束を見た。青い装束はくっきりと鮮やかに命の色に染まっていた。命の揺籃が裂かれた腹部からはみ出しているのを見た。
 姉は涙の出し方を思い出せない自分に気付いた。泣こうと思うのだが、何かが繋がらないのだ。
 妹が残された目で微笑んだ。姉の見る前でその瞳は急速に光を失っていく。赤に溺れた喉が何か音を出した。それきりだった。
 
 姉は妹の胸元に唇を寄せ、その冷たさに意識が白く霞む。胸の先を吸った。姉の耳にはくすぐるような妹の吐息が聞こえる。甘えた声で行為をねだる妹。その声にねだられるまま、姉の指先ははみ出した揺籃からその中へと入っていく。指先にかかる抵抗。破らぬようにそっと指を押し進める。初めて触れる妹の奥。
 からだの中を犯すことは禁忌だった。それは魂に触れてしまうことだったから、命の根幹を傷つけてしまうから、巫女には許されない行為だったのだ。
 「痛い」
 妹の声が姉の耳に聞こえる。けれど傷つく魂などなかったのだ。姉の中で思い出せなかったものが繋がった。
 視界が涙で霞み、滲み、揺れて、歪む。姉はその白い肌が汚れるのも構わず妹の臓腑に顔をうずめて泣いた。

 姉の胸許で、つけられた赤いしるしが青く変わっていた。
 妹はアヲの世へ溶けていった。

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