目の前には紗夢という名の料理があった。

「私、わかった。料理人として最高の作品を作るにはどうすればいいか」
彼女は求道者独特のアルカイックな表情で私に語った。
3日前のことだ。

そして今、最高の作品を作り上げた表情が目の前にある。

作品は恐ろしいほど計算ずくで作られている。
内臓を清潔に保つために彼女は断食をしたはずだ。
調理中の失血量も相当量に昇る。
自分に残された体力を正確に把握しながら、慎重に手順を踏まえて調理を行ったのだろう。
それは格闘家ならではのカンなのだろうか。

徐々に欠けていく体と調理の手順、気力と体力の微妙な駆け引き。
私は彼女が決して傲慢に「世界一の料理人」を自称していた訳ではない事を再認識した。
料理は食べる瞬間のために途方もない手間暇がかかるのだ。
唇から喉に落ちていくまでの、そのほんの一瞬のために
彼女は人生の全てをかけて自分を研ぎ澄ませてきたのだ。
けれど彼女は語り始めた。

「私うぬぼれていた。
世界一の料理人になって、皆に美味しいと言ってもらうなんて無理だって気付いたよ。
どんなに腕を磨いたって人の味覚は千差万別。いつでも誰にでも美味しい料理なんて作れない。
どんなに腕を磨いて心をこめても結局は博打。
むなしかった。
延々と博打を打ち続けることにはもう疲れたよ。
だから私は貴方の為だけに作る。それが私の最高傑作。
最高のものを作ったら、もう私は満足できると思った」

とつとつと語るその表情は、苦痛に歪むことはあっても、ゆるぎない満足を湛えていた。

これは
最高傑作なのだ。